カメラを趣味として扱っていると、意外な縁に恵まれることがあります。それは被写体や同じカメラ好きの仲間、そして時には身近な家族に対しても、カメラがなくては繋ぐことのできなかった縁を感じるシーンがあるのです。
カメラを通して語り合うこと、同じものにカメラを向けること、カメラで思い出を保存すること。カメラで写真を撮るということは、単なる“撮影”という行為でありながら、人々の望みや感情を共有するコミュニケーションにもなり得るのかもしれません。
撮っていただく、撮らせていただく
カメラを趣味としていると、たまに知人からポートレート撮影を依頼してもらうことがあります。
正直に言えば、私の得意な撮影スタイルではないのですが、見様見真似で試していると、いろんな方から依頼をいただけるようにもなりました。

Photo by kentiphoto
被写体の方々からは「撮っていただき、ありがとうございます」というお言葉をいただくのですが、こちらとしても「撮らせていただき、ありがとうございます」という返事をさせてもらいます。
新しい撮影体験を楽しませてくれる被写体の方とご縁をいただけるのは、カメラ好きとしてとても貴重な経験です。
同じ被写体を追う仲間
飛行機や野鳥のような特定の被写体を目的に撮影に出かけると、同じ目的の撮影者さんと出会えることが多々あります。カメラを持っていれば目的を同じくする仲間だというのはすぐに分かるので、なんとなく挨拶をして、今日の狙いや調子を情報交換します。

Photo by masa
こんな時はいつも決まって、私よりも有益な情報を持った先輩撮影者さんがいらっしゃり、その情報を惜しみなく教えてくれます。被写体の現れる時間帯や場所から機材の情報に至るまで、こうした偶然の出会いで知った情報は少なくありません。
こんな出会いを経て狙い通りの写真が撮れた日は、大いに満足な気持ちで家路に着くことができます。
カメラが繋ぐ、家族の会話
毎日一緒に過ごす家族。大切な存在でありながら、その距離の近さゆえ、会話が滞ることもしばしばあります。どんな家庭にも共通のコミュニケーションツールがあるかと思いますが、我が家の場合はカメラです。
記念の日に三脚を使って家族写真を撮影をしたり、季節の花を撮ろうとお出かけに誘ったり、カメラを通すことで生まれる会話がたくさんあります。

Photo by masa
ただ思い出を写し撮るだけでなく、カメラがあるからこそ生まれる家族イベントや会話があり、まさしくカメラが人の生活にとてもよく馴染んだ存在であることに気付かされます。

